開催レポート/東京・国立 2025.12.26(金)
科学的音声トレーニングの実践
音声指導の「質」と「量」を高める
音読やシャドーイングを繰り返しても、全員が同じように上達するわけではありません。第1部で音を出す仕組みそのものを学び直し、第2部でその力を使う場を教師の負担なくつくる。ふたつを一日でつないだ研究会になりました。
教室が音でいっぱいの一日でした!
質
音読やシャドーイングの回数を増やしても、もとの音がずれていれば、ずれたまま速くなるだけです。第1部では、口の中で何が起きているかを言葉にし、音の出し方そのものから組み立て直す指導を扱いました。
量
正しい音を身につけても、使う機会がなければ定着しません。第2部では、会話の相手役も、リスニング教材も、評価もAIに任せることで、教室に音のある時間をどこまで増やせるかを実演しました。
13:30–14:30
セッションは、参加者に日本語を一言発話してもらうところから始まりました。「すずしいおじいさん」。それを聞いた奥村氏が、発話者の出身地を言い当てます。「すずしい」の「ず」と「おじいさん」の「じ」が、地域によって [z] と [dz]、[ʒ] と [ʤ] のどちらに寄るかで分かれる——日本語のなかにも音の体系差があり、その差は聞き分けられる、という実演でした。長年ひとつひとつの音を扱ってきた専門家ならではの一瞬で、会場の空気が変わりました。
英語がリンガフランカになったことは、しばしば「どんな発音でも通じればいい、だから発音練習は要らない」と解釈されます。奥村氏はここに釘を刺しました。どこの国の英語も対等だという考え方と、発音を気にしなくてよいという話は別物である、と。
そのうえで示されたのが、「通じる」の定義です。
通じるとは「聞き返されない」こと、
そして「聞き返さなくてもわかること」。
奥村真知 氏
印象的だったのは、そこに立場の話が接続されたことでした。「カタカナ英語だけど自分の英語は通じている」と言う人は少なくない。ただしその多くは、社会的地位が高いか、取引で支払う側にいる。相手が耳を傾けてくれる理由が、英語そのものではないかもしれない、という指摘です。学校でも海外旅行でも経験しないまま、社会に出て初めて直面する種類の現実だという話でした。
続いて、日本語話者の英語が通じにくくなる原因が整理されました。ひとつめはカタカナ英語。日本語は子音と母音がセットで一文字になるため、street に母音はひとつしかないのに「ストリート」と読みたくなる。加えてカタカナは各文字が同じ長さで読まれるので、等時性のクセが残り、聞き手に慌ただしい印象を与えます。ふたつめは書いていない音を足してしまうこと。語尾の子音のあとに「う」「お」が入る、but や have に [r] が混ざる、といったパターンです。
三つめは母音のバリエーションを覚えていないこと。[r] や [θ] のような日本語にない子音は誰もが警戒しますが、落とし穴はむしろ母音で、bought・caught・all がすべて同じ [ɔ] であることはスペルに惑わされて見落とされがちだといいます。
そして四つめが、参加者から一番反応のあった誤ったシャドーイングによる「型崩れ」でした。モデル音に重ねて発話する練習は、最初と最後をそろえること、抑揚のつじつまを合わせることに意識が向きやすく、ひとつひとつの音がおろそかになる。しかも本人には「流暢に話せている」実感が残るため、初心者よりも直すのが大変になる。シャドーイング自体は優れた練習法だが、順番を誤ると結果が伴わない、という話です。
この指導法の礎になっているのが、1950年代にアルヴィン・リバーマンが提唱したモーター理論です。人は音声を音そのものとしてではなく、それを出すための調音動作として知覚している——という考え方で、プロンテストの判定エンジンもここに立脚しています。ここから、発音練習とリスニングは別々の技能ではなく相互に強化し合う、という指導上の含意が出てきます。聞いて真似るだけでは、すでに聞き取れている範囲の音しか真似られない。だからこそ、舌の位置や口の開き方といった動作を意識させる指導が必要になります。
練習の順番も明快です。単語や文からではなく、音素から始めること。ここが第2部への伏線になります。
発音練習の順番として示された5段階。まず一つの音を正しく出せるようにしてから、単位を大きくしていきます。
参加者の声(第1部)
「発音の仕組みについてよく知れたし、指導についても具体的なイメージを持つことができました。」
「発音のしくみが改めてよくわかりました。母音を詳しく生徒に伝えていきたいと思いました。」
「発音が大事だとわかってはいたけれど、自分が苦手でした。今日は自分の発音がよくなるヒントをいただきました。」
14:45–15:45
第1部の後半は、前半のロジックを土台にした発音検定・指導アプリの紹介でした。中核にあるのは、産業技術総合研究所との共同研究から生まれた判定技術です。発話された音声から、舌・歯・唇・声帯といった口の中の状態を推定する。音素ごとにOKとNGを振り分けるデータをアプリに載せることで、学習者には「くちびるが丸まっていません」「舌先が歯ぐきにさわっています」といった、身体の動きに直した助言が返ってきます。文章単位でも、読み上げ時間・脱カタカナ度・子音の強さ・メリハリ・なめらかさという観点で判定が出ます。
ここが、このセッションのいちばんの驚きどころでした。音読アプリは近年いくつも登場し、モデル音声と比べて発音を採点してくれます。しかし「どうすれば直るか」まで具体的に示してくれるものは多くありません。結果として学習者は、上達の道筋がわからないまま評価だけを突きつけられ続けることになりがちです。
AIの時代になり、評価は誰でも簡単にできるようになりました。だからこそ「実技指導だけは人間でないと難しい」と考えられがちです。しかしここでは、工夫次第で近くに指導者がいなくてもきちんとした指導が受けられることが示されました。言い換えれば、名人の指導を日本中で、いや世界中で受けられる可能性です。技術供与先にカシオ計算機の電子辞書や日本航空の社内試験、光村図書の教科書準拠教材が並ぶのも、判定エンジン単体で価値が成立しているからでしょう。
受講前後の音声比較も示されました。講座を受けた直後は、丁寧に読もうとするぶん速度が落ちたり、たどたどしく感じられたりする。それでも音を崩さずに速度と抑揚を整えていくのが目的だ、という説明が現実的でした。
16:00–17:00
第2部は、ふたつのAIツールのデモと体験でした。出発点にあるのは、多くの教員が抱えている行き詰まりです。レポート課題を出しても生徒はAIに書かせたものを提出してくる。ならば口頭試問をすればよいと言われるが、1クラス40人でその時間と労力をどう捻出するのか——。
ここには時代背景があります。読むことも書くことも、AIを使えば短時間でこなせるようになりました。だからこそ話すことの重要性が上がっています。提出された文章だけでは、生徒が理解しているのかAIが理解しているのかを見分けられません。その場で自分の口から出てくるかどうかは、まだ本人のものです。話す力は、学びを確かめる手段としても、これから伸ばすべき力としても、位置づけが変わりつつあります。
この日ひとつめに扱われた会話のできるAI評価ツールは、その問いへの回答として作られています。生徒がプレゼンを行い、AIが即興で質疑を投げ、生徒が即興で応答し、その場で評価が返る。準備してきた原稿を読み上げるだけでは越えられない場面を、意図的につくる設計です。AIに丸投げして中身を理解していない生徒は、この質疑応答でつまずくことになります。
教員側は、AIのターン数、AIの役割設定、話し方、採点指示、CEFRレベル、話す速度、字幕表示の有無までを細かく指定できます。参加者からは「先生の設定の仕方がすばらしくて、参考にしたい」という声があがり、担任の先生の名前や近くの公園の名前を場面に織り込む使い方、1対3人でのやりとりといった応用のアイデアも出ました。
ふたつめは、リスニングの原稿・音声・問題を自動でつくるツールでした。トピックと含めたい語彙、CEFRレベルを指定するだけで台本ができ、話者ごとにアメリカ・イギリス・インドといった英語のバリエーションや年齢層、話す速度を割り当てて、まとめてmp3として書き出せます。ネイティブの協力者を探す必要も、会話音声を編集する必要もありません。
示されたユースケースが具体的でした。共通テスト第6問B対策として、条件だけを差し替えて類題を量産する。教科書本文を読む前のオーラルイントロダクションとして、本文のCEFRを一段下げ、モノローグをダイアローグに変えて導入する。単元末のスピーキング活動では、教員が2人いないと見せられなかったペア活動のモデルを、音声で提示する。
実際の問題を土台に、「その他の条件」だけを変えて類題をつくる。中間・期末のリスニング問題を作った後、その対策問題や復習用に5〜6セットを追加できます。
本文がCEFR A2なら、それを易しく言い換えたA1で作る。モノローグをダイアローグに変えて文脈を理解しやすくし、新出語を半分ほど含めて推測させる活動にもできます。
学習した表現や文法をそのまま条件に入れると、単元末のスキットのモデル音声が作れます。教員が1人しかいない教室でも、ペア活動の完成形を示せます。
デモが一段落したところで、石飛氏は逆方向の問いを置きました。音声面でAIの使用にはまりすぎると、どうなるか。「流暢だけど平坦」——機械練習が過多になった学習者に昔から見られる特徴です。相手が聞いていようがいまいが同じ調子で話し続けてしまい、聞いているほうに入ってこない。エンゲージメントさえ高まればよいのか、という問いでもありました。
そのうえで示されたのが、音声活動の流れのどこに人間が立つべきかを整理した図です。AIで置き換えられる工程と、人間でなければ意味をなさない工程が、はっきり分かれていました。
コツやルールの明示的な指導。まさに第1部で扱われた領域です。ここが曖昧なまま量を増やしても、型崩れした練習が積み上がるだけになります。
壁打ちの相手役。「人間の脳に」自分の言いたいことが届いたかどうかは、AIの採点では確かめられません。ペアで聞きあう時間がここに入ります。
異文化の人、自分の話を知らない人、境遇の異なる人と実際に通じ合えた喜び。練習を続ける動機は、最後はここから生まれます。
参加者の声(第2部)
「AIの具体的な使い方やソフトを知ることができて、使ってみたいと思いました。」
「新しい授業の在り方に感動しました。デジタルは不慣れですが、授業の質を上げるためにもっと自分も学習したいと思いました。」
「個別最適な学習が、今回紹介いただいたプロダクトですでに実践されているところに感銘を受けました。」
評価が自動化された時代に、価値が上がったのは「指導」のほうだった。
点数をつけるだけなら、もう多くのアプリができます。希少なのは、どこがどうずれていて、どう動かせば直るのかを言葉にできることです。音から口の中の状態を推定して助言まで返すという発想は、そこに正面から答えていました。
「質」と「量」は別々の課題ではなく、順番の問題だった。
誤ったシャドーイングで型崩れが起きるという第1部の話と、AIで練習量を増やすという第2部の話は、同じ線の上にあります。入口でロジックを渡してから量を増やすのか、渡さないまま増やすのか。順番を違えると、練習量がそのままクセの強化に変わってしまいます。
人間が引き受けるべき場面は、思ったよりはっきりしている。
第2部で示された図は、流れの入口に「原則の明示的指導」を置いていました。それは第1部そのものです。二部構成は分業ではなく、ひとつの設計だったことになります。そして出口には、通じた喜びという、AIでは代われないものが置かれていました。
授業実践、アプリの活用方法、研究会情報などを共有しながら、現場に根ざしたAI教材活用を一緒につくっていきます。